妄想特急 books & music

読んだ本と聴いた音楽のメモ

これはいい!

『生きる』 乙川優三郎 著(文春文庫)
生きる (文春文庫)
直木賞を取ったという知識だけで手にとった時代小説。しかしこれが予想以上に良かった!
中篇集というのか、少し長い短編が3編入っている。表題作『生きる』は、藩主が病死したあとの追腹(つまりは後追い自殺)の禁止令が出る。自害しようとしていた主人公は禁止令が出たならそれに従わなければ厳罰が下るし、家族まで迷惑が及ぶと考えて、生きることを決意する。
しかしお世話になった家臣なら追腹して当然という風潮に、主人公は次第に肩身が狭くなっていく。
死にたくても死ねない、現代では想像もつかないその時代の空気に胸が苦しくなる。
他2篇も人間が“生きる”ということにどういう意味があるのか、深く考えてしまう内容だった。暗いトーンで話は進むが、最後ほんの少し心に火が灯り、そのかすかな暖かさに思わず涙が出てしまった。
展開のテンポもいい。あっという間に読めてしまう。
文章もすこしもクセがなく抑制の効いた硬質なもので時代小説にふさわしい。